処世若大夢胡為労其生

ギター講師兼作家、八幡謙介の日常ブログ。音楽とアニメ以外のこと。

日本人が気安く他人に話しかけないのはムラを形成することに警戒するから 

日本人は気安く他人に話しかけるということをしません。

なぜでしょうか?

 

僕が思うに、知らない人と一度ちょっとでもつながってしまうと、そこにムラが形成されてしまうので、それを無意識に警戒しているんだと思います。

一度話しはじめるときりのいいところまで付き合わないといけない、ちゃんと礼儀正しくしないといけない、もしかしたら連絡先を交換したりSNSでつながらないといけないかもしれない……。

そうなると、その人と自分の間に突発的に発生したムラが強固になってしまう、あるいは今まで形成してきた自分のムラに受け入れないといけなくなる、その人をムラに連れてきた自分に責任が生じる……。

それらを本能的に警戒するので、他人とは気安く話さないようにしているのだと思います。

欧米人はムラ意識が少ないので(なくはない)、一度関わりを持った後のめんどくささというものを日本人ほど深くは考えません。

 

とはいえ、日本人にも他人に気安く話しかける人は一定数存在します。

ではその人たちは人付き合いに対して欧米型の感覚を持っているのでしょうか?

たぶん違います。

日本人で他人と気安く話す人は、ムラのオサ(長)になりたいのだと僕は考えます。

自分だけのムラをつくり、自分がそこのオサ(長)となり、周りを従えていく、そういった願望が無意識にあるので、気安く人に話しかけ、自分から関係性をつくっていくのでしょう。

実際、ムラのオサ(社長、何かの発起人、リーダー格など)をやっている人たちはとても気さくですしね。

 

現代日本人は人とのつながりが希薄で云々という批判は何十年も前からありますが、それはあちこちで簡単にムラを形成して自滅しないための自己防衛ではないかと僕は思います。

昔はそれこそ物理的な意味での村の中で上手くやっていれば生きていけたと思いますが、近代化が進むにつれて物理的な村が概念としてもムラとなり、あちこちに発生するようになりました。

さらにインターネットが普及し、ムラはヴァーチャル空間にまで広がり、ついに我々は24時間複数のムラに対応しなければならないようになりました。

もちろん、それを時代だと肯定的に受け止め、会社、サークル、リアルな友達、そしてSNSでムラを作り、なおかつうまくやっていける人もいます。

しかし多くの日本人は、ただ生きているだけであちこちに発生するムラにうんざりしているのではないでしょうか?

僕もそのタイプです。

ある時期までは僕もムラのオサになろうと努力したことがあったのですが、そういう人間ではないと分かってからは年々ムラを減らしていきました。

そして、ひとつ減らすごとに感じる快適さに毎回驚き、「何だこれは?」と自問してきました。

 

その答えが、ムラが増えることへの本能的な警戒感、恐怖感です。

日本人はそういった本能を持っていると僕は考えます。

等価交換の法則

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ヤドカリ

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