処世若大夢胡為労其生

ギター講師兼作家、八幡謙介の日常ブログ。音楽とアニメ以外のこと。

「作品に罪はない」論争にどこか距離を置いてしまう理由 有名アーティストでなくても作品に罪を着せられている人はいくらでもいる

ピエール瀧氏の逮捕以降、「作品と罪」論争が盛り上がっていますが、個人的にはうさんくさいとしか思えません。

なぜかというと、議論が限定的すぎるからです。

電気グルーヴ以外にも、というかミュージシャンや俳優以外にも作品、あるいはそれに準ずるものに不当な罪を私的に課され、全く不要な罰を与えられているものは沢山ありますよ。

 

例えばネットのレビュー。

店員の態度が気に入らないというだけで不当な低評価をされている飲食店、SNSで暴言を吐いたからという理由でAmazonに低評価&罵詈雑言を書かれる小説家、根拠のないいじめ疑惑のあるアイドルを起用しただけで広告撤退に追い込まれる企業……。

態度が悪い店員や発言力のある人間のSNSでの暴言は褒められたものではありません。

それらに対するSNS上での批判や、個人的な不買表明あたりは仕方ないでしょう。

しかし、そうした個人あるいは企業が携わる作品や商品、店に対して矛先をむけ、不当に低評価する行為は、作品(というか本人にすらない)に罪をなすりつけ、私的に罰を与えていると言えます。

こういった風潮も含めて「作品に罪はない」とし、個人にむかついても作品や店を攻撃するのはやめよう! という議論が起これば僕も大いに感心を持てたのですが、結局いつまで経っても「好きなアーティストの作品が消えるのは悲しい」といったレベルの話に留まっている感があります。

 

また、これは邪推かもしれませんが、有名アーティストに対しては「作品に罪はない」としつつも、一方で気に入らない個人の作品や商品をネットで探し、匿名で攻撃している人もいるのではないかと思います。

SNSユーザーで、個人が嫌いだからこいつの作品は観ない、買わないと一言も言ったことがない人はたぶんいないでしょう。

もちろん僕もそうです。

そうやって自分が個人に対する好き嫌いから作品、商品を攻撃しておいて、いざ好きなアーティストが罪を犯し、その作品が回収されると「作品に罪はない」と言うことに僕自身矛盾というか恥ずかしさを感じます。

 

有名アーティストだけでなく、地元のレストランも、個人商店の商品も、売れない小説家も、存在しない罪を着せられ、私刑によってその作品やお店そのものが罰せられている現状があります。

そうやって私刑を受けないために身をひそめて、ビクビクしながら生きている人は大勢います。

そこにまで光を当ててくれたら「作品と罪」論争はもっと盛り上がるのではないかと思います。

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