処世若大夢胡為労其生

ギター講師兼作家、八幡謙介の日常ブログ。音楽とアニメ以外のこと。

あいさつにうるさい人はだいたい人として欠陥があることが多い

僕は昔から挨拶について懐疑的でした。

 

あいさつをちゃんとすることについては疑問はありません。

しかし、たかがあいさつで全人格を決定する風潮(というか伝統)にはどうしても納得できません。

特に、僕より上の世代の人にはあいさつ教の信者がうようよいて、あいさつ一つで全人格を決めつけるというむちゃくちゃなことを日常的に行っています。

しかし、そのあいさつ教信者たちをよくよく観察していると、人格や行動に問題があることが見えてきました。

 

あいさつあいさつと口うるさく指導してきた体育教師は、生徒に対し日常的に暴力暴言をふるっていました。

 

あいさつの仕方に定評のあるクラスメイトは、カンニングの常習犯でした。

 

また別の、明るく元気なあいさつに定評のある人は、嘘が上手く、あるとき飲酒運転で事故を起こし、警察に「飲んでない」と言い張って結局飲酒は見逃してもらえたと後で誇らしげに語っていました。

 

昔身近なところに、ものすごくあいさつし辛い人がいました。

当然、その人へのあいさつがぎこちなくなってしまいます。

するとそれを見とがめた側近が僕を呼びつけ、お前はあいさつもできないのかとなじり、暗にお前は人間失格だと宣告してきました。

 

とある指導者は、生徒とその親が自分にあいさつしなかったことを挙げ、その親の全人格を否定し、さらにその親に育てられている子供の将来まで全否定しました。

 

またとある指導者はあいさつの重要性を毎日のように口にしていましたが、あるとき僕があいさつに行くとびっくりするほどそっけない態度で、まるで「さっさと帰れ」と言わんばかりのぞんざいなあいさつを返してきました。

この最後の体験が最も強烈でした。

こんな話は掃いて捨てるほどあります。

 

また、凶悪事件のニュースを見ると、必ずといっていいほど「すれ違ったらあいさつしてくれた」「ちゃんとあいさつできる人」という近隣住民のコメントが流れます。

2019年5月28日、川崎で小学生を殺傷し自殺した男は、普段はあいさつしない人だったそうですが、犯行に及ぶ数日前(当日朝という記事も)、はじめて近所の人にあいさつしたとか……

 

と、これだけ書いただけで頭がくらくらしてきました。

あいさつって何なんすかね……

少なくともあいさつに人格や社会性を向上させる力は全くないと僕は思います。

 

一方で、僕が尊敬できる人、お世話になった人はあいさつについてなど一言も言わないし、本人もわりと適当だったりします。

そういう人たちを見て、ようやく幼少期からのあいさつの呪縛から逃れられた気がします。

だから僕はあいさつが今でも下手だし、別にそれでいいと思っています。

当然人からのあいさつも、上手い下手とかするしないも特に気にしません(最低限必要な場合は別)。

あいさつごときで人を決めつけるのは野蛮だし、思考停止です。

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