処世若大夢胡為労其生

ギター講師兼作家、八幡謙介の日常ブログ。音楽とアニメ以外のこと。

中田敦彦のYoutube大学観るのやめた

2019年にはじまったオリエンタルラジオの中田敦彦氏Youtubeチャンネル「中田敦彦のYoutube大学」をずっと観ていましたが、最近観る気がしなくなったのでやめました。

その理由。

 

1、資料が偏っていることへの危惧

2、内容の軽さ(誤りの多さ)

3、中田氏の熱量への疑問

 

1、資料が偏っていることへの危惧

これはかなり初期から感じていました。

中田氏は毎回資料を提示するのですが、それがいつも1冊2冊程度。

内容が現代人物伝とかなら別にいいんですが、哲学や宗教、歴史に関してたった1冊の資料で語るのは危険としか言いようがありません。

「大丈夫かなー」と思いつつも、まあエンタメチャンネルだしと一歩引きながら楽しんで観ていました。 

 

2、内容の軽さ(誤りの多さ)

このチャンネルが「エクストリーム」(極端)に様々な学問や人物を紹介する内容であり、中田氏が各分野の専門家ではないことも重々承知です。

それでも僕ですら『ん? それで大丈夫か?』と思うことが何度かありました。

もちろん僕はそれらの専門家ではありませんが、それでも疑問に思うほどあまりにも表面しかなぞっていなかったり、ざっくりが過ぎたり。

なお、調べてみたら各分野の専門家から同チャンネルへの誤りの指摘がまとめられていたので読んでみました。

かなり根本的な誤りが各分野にあるようです。

ああ、やっぱり、と思いました。

そもそも、毎日投稿ありきというのが無理があるんでしょう。

 

3、中田氏の熱量への疑問

これが観るのを辞めた最大の理由です。

中田氏の熱量は、どう考えても学問にはなく、Youtubeにあります。

もっと言えば、TVが衰退しつつある時代の新しい成功のかたちに興味があり、その一環としてのYoutubeがあり、その手段としての学問ということです。

例えば、歴史動画を観たとき、歴史が好きで好きでみんなにも歴史の楽しさや奥深さを知って欲しいという熱は感じません。

”今” ”俺が” ”歴史のここを” ”この熱で” 語ったらネットはどう反応するか?

それによって俺はどこまでジャンプできるのか、あるいはできないのか。

そういうゲームをしているようにしか見えません。

そして、それが僕には受験勉強的に見えます。

受験勉強とは、「さえすれば」終わる勉強です。

例えば日本史なら日本史動画をUPしさえすれば終わり。

それ以上はもう勉強しない、だって動画は撮り終わったから…

また必要ならその分は勉強するよ、メリットがあれば…

そういうスタンスがはっきり見えます。

だからか、この人に取り上げられる分野がいちいちかわいそうになってきて、「それなら自分で勉強しよ。できなければ安易に動画なんか観て分かった気になるのやめよ」となります。

 

そういった流れで僕は中田敦彦氏のYoutube大学を観るのを辞めました。

 

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