処世若大夢胡為労其生

ギター講師兼作家、八幡謙介の日常ブログ。音楽とアニメ以外のこと。

「文章を練る」という言葉を物書きは使わない

以前から気になっていた言葉があります。

それは「文章を練る」です。

昔から使われていますが、若い頃は意味がわからないのは自分が文章が書けないせい、読解力が足りないせいだと思ってそのままにしていました。

自分のレベルが上がったら「文章を練る」が分かってくるのだろう、と。

しかし、実際に文章を書き、それが仕事の一部になり、読解力もついてきましたが、それでも「文章を練る」の意味はいまだに分かりません。

ここまで来てもまだ分からないということは、たぶん意味がないからでしょう。

ということで、そろそろこの「文章を練る」を、実体のない言葉として葬っておこうと思います。

 

そもそも、「練る」とはどういうことでしょうか?

辞書を引いてみました。

 

  • 堅い物、粗い物を、こねたりたたいたりすったりして、柔らかくきめ細かにする。
  • 水を加えたり火にかけたりして、かき混ぜる、また、こね固める。
  • 絹を灰汁で煮て柔らかくする。
  • 列を整えて歩く。隊伍を組んで行進する。

 

上記ふたつがそれっぽい感じがします。

まず、「堅い文章、粗い文章を、こねたりたたいたりすったりして、柔らかくきめ細かにする」と、ごてごてと装飾された独りよがりの文章になります。

次、「水を加えたり火にかけたりして、かき混ぜる、また、こね固める」

こちらはちょっと抽象的ですが、要するにあれこれとこねくり回して工夫するということでしょうか。

これも代表的な悪文製作法です。

それ以外に「練る」という作業が存在するのか、あるいは「文章を練る」はもっと違うことなのか、僕には分かりません。

しかし、自分の作業に照らし合わせて、どう考えても文章は「練る」ものではないと断言できます。

 

では文章とはどう作っていくものなのか?

いい文章とはどういう作業工程でつくられるものなのか?

私見ですが、文章は「削る」ものです。

自分が書くときも、間違いなく削るという行程が入りますし、読む場合も、足し方よりも削り方に知性の深みを感じます。

俗に言う簡潔な文章というやつです。

余計なものを削った文章は、鋭角的で、輝きがあり、威厳を持ち、深みを感じさせます。

 

じゃあなんで「文章を削る」「この作家は文章が削れていない」と言わないのでしょうか?

たぶん、「文章を練る」「この作家は文章が練れていない」と言った方がかっこいいからでしょう……

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